東京高等裁判所 平成10年(ネ)1639号 判決 1999年9月22日
控訴人(原告)
東紀地所株式会社
右代表者代表取締役
沼田義孝
右訴訟代理人弁護士
黒川辰男
同
上田弘毅
被控訴人(被告)
東金市
右代表者市長
志賀直温
右訴訟代理人弁護士
米倉勝美
同
大塚喜一
同
宮本勇人
被控訴人(被告)
東金市三浦名区
右代表者区長
服部和昌
被控訴人(被告)
東金市関内区
右代表者区長
細谷修
右両区訴訟代理人弁護士
徳山隆一
主文
一 本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却する。
二 控訴費用は、控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人東金市(以下「被控訴人市」という。)は、控訴人に対し、一九九万五八〇〇円及びこれに対する平成八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人東金市三浦名区(以下「被控訴人三浦名区」という。)は、控訴人に対し、二二八万四〇〇〇円及びこれに対する平成八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
4 被控訴人東金市関内区(以下「被控訴人関内区」という。)は、控訴人に対し、一二〇万円及びこれに対する平成八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
5 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
6 仮執行宣言
二 当審における予備的請求
1 (その1)
被控訴人市は、控訴人に対し、金五四七万九八〇〇円及びこれに対する平成八年七月一〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 (その2)
前記一2ないし4項と同じ
3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
4 仮執行宣言
第二 事案の概要
本件は、被控訴人市に教育衛生寄附金として一九九万五八〇〇円を、被控訴人三浦名区に宅地開発協力金として二二八万四〇〇〇円を、被控訴人関内区に関内部落協力金として一二〇万円(これらの金員を一括して表示する場合は「本件協力金」という。)を支払った控訴人が、不当利得(非債弁済)又は不法行為(説明義務違反)を理由に、本件協力金の返還を求めた事案である。
一 基礎となる事実
1 控訴人は、土木・建築工事の設計、施工、請負、土地・建物の売買、貸借、管理並びにそれらの代理、媒介等を目的とする会社である。被控訴人区らは、事実上農業用排水路を管理している権利能力なき社団(同地区住民の自治団体で慣行上の水利権者)である(丙九の1、2、弁論の全趣旨)。
2 控訴人は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。所有名義人は、藤田雄三ほか。)につき、宅地開発事業(以下「本件開発事業」という。)を計画し、平成二年七月二七日、有限会社祐光産業との間において、本件土地を代金二億四八七六万二八〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結した(甲一、三、乙一〇の1ないし4、控訴人代表者)。
3 開発行為の申請に関し、都市計画法三二条は、「開発許可を申請しようとする者は、あらかじめ、開発行為に関係がある公共施設の管理者の同意を得、かつ、当該開発行為又は当該開発行為により設置される公共施設を管理することとなる者その他政令で定める者と協議しなければならない。」と定めている。
控訴人は、本件開発事業において、本件開発区域からの排水を開発区域外の水路に流すにつき、その水路に慣行的な管理権限を有する地元水利権者である被控訴人区らの同法三二条に基づく同意を得る必要があったことから、控訴人は、被控訴人三浦名区に対し、平成三年五月五日、宅地開発協力金として二二八万四〇〇〇円を支払い、被控訴人関内区に対し、平成三年九月二六日、関内部落協力金として一二〇万円を支払い、排水同意及び開発同意(被控訴人関内区については排水同意のみ。)を得た(甲一、四、五、丙三ないし五、控訴人代表者、証人中古、弁論の全趣旨)。
4 控訴人は、本件土地につき、平成四年一月二九日に開発行為許可申請を行い、山武郡土木事務所長は、同年三月三日、開発行為許可を通知した(甲一、乙八)。
5 控訴人は、被控訴人市に対し、平成四年四月九日、教育衛生寄附金として一九九万五八〇〇円を支払った(甲二、控訴人代表者、証人中古)。
なお、被控訴人市は、東金市における健康にして良好な都市環境を保全するため、法令その他に定めるもののほか、宅地開発の指導に関し必要な事項を定め、無秩序な宅地開発による環境の破壊及び開発区域及びその周辺地域における災害を防止し、もって「緑豊かな文化都市」を実現することを目的として、東金市宅地開発指導要綱(昭和六〇年八月九日東金市告示第二〇号。以下「本件指導要綱」という。)を策定していたが、それには、「事業者は、……宅地開発にあっては、その計画戸数により応分の協力費を市に納入するものとする。」(一八条二項)との規定がある。被控訴人市は、本件指導要綱に基づき、教育衛生寄附金の支払を求めたものであるが、事業者がこれを納入しなかった場合、当該事業者に対して不利益が科せられる旨の規定(制裁条項)はない(乙一の1ないし3、弁論の全趣旨)。
6 控訴人は、平成七年一一月二七日、本件開発事業につき、開発行為に関する工事廃止の届出をし、これを受けて、同年一二月一二日、開発行為に関する工事廃止の認定がされた(乙八)。
二 控訴人の主張
1 控訴人の主位的請求(不当利得返還請求)
(一) 非債弁済
本件協力金の支払につき、私法上の贈与契約は存在しない。したがって、本件協力金は、控訴人の損失による被控訴人らの法律上の原因なき利得に当たるから、直ちに返還されるべきである。被控訴人市に対する教育衛生寄附金の支払の根拠が、本件指導要項であるというのであれば、以下の理由により違法無効である。
(1) 本件指導要綱に基づく教育衛生寄附金は、割当的寄附を強制的に徴収するものであり、事実上の強制が行われていることは、寄附の達成率が一〇〇パーセントであることからも明らかである。これは、割当的寄附の強制的徴収を禁止した地方財政法四条の五に違反する。
(2) 教育衛生寄附金の相当部分は、本来的に市町村の負担に属する経費として支出されているが、これは、市町村の負担に属するものとされている経費で政令で定めるものについて、直接であると間接であるとを問わず住民に負担を転嫁してはならないとする地方財政法二七条の四に違反する。
(3) 市町村が宅地開発に伴い必要とする道路、水路等一定の公共施設の整備に要する必要に充てるため、宅地開発者から徴収する目的税は、「宅地開発税」であり、その徴収については市町村の条例で定めることになっている(地方税法七〇三条の三)。教育衛生寄附金の実態は、宅地開発を課税客体とする目的税と同一であって、その負担を求めることは租税法律主義に違反し、条例に基づく徴収を潜脱した脱法行為である。
(二) 本件協力金の支払が私法上の贈与契約に基づくものであったとしても、以下の理由により、被控訴人らは、控訴人に対し、受領した本件協力金を返還しなければならない。
(1) 錯誤無効
控訴人は、本件協力金は強制的な開発負担金であり、これを支払わないと本件開発事業に対する許可は得られないものと誤信していたものであるから、本件協力金の支払に係る贈与契約は錯誤により無効である。
(2) 解除条件の成就
本件協力金の支払に係る贈与契約には、「所期の開発行為が行われなければ契約は失効する」との解除条件が付されていたが、控訴人は、開発行為をしないまま工事廃止の届出をしたのであるから、右の解除条件は成就したものであり、本件協力金は返還されるべきである。
(3) 目的不到達
本件協力金の支払に係る贈与契約には、開発行為(宅地造成)の実行という目的が付されていたところ、控訴人は、何らの造成工事をすることなく工事廃止の届出をしたのであるから、目的不到達が確定したものであり、本件協力金は返還されるべきである。
2 控訴人の予備的請求(不法行為に基づく損害賠償請求)
(一) 被控訴人市の職員の説明義務違反(国家賠償責任)
被控訴人市の職員は、本件協力金支払の根拠となる本件指導要綱は法律ではなく、したがって、法律的にその支払義務はなく、支払わなくとも何の不利益もない旨を控訴人に説明する義務があったのに、これを怠り、法律上の支払義務があると信じていた控訴人代表者の錯覚を奇貨として、控訴人をして合計五四七万九八〇〇円の本件協力金を被控訴人らに納付せしめ、同額の損害を与えたものである。よって、被控訴人市は、国家賠償法一条一項に基づき、これを賠償する責任がある。
(二) 被控訴人区の代表者らの説明義務違反(国家賠償責任)
被控訴人区の代表者らは、控訴人から本件協力金を受領するに当たり、「これは本件指導要綱に基づくものにすぎず、本件指導要綱は法律ではなく、したがって、法律的に支払義務はなく、支払わなくとも何の不利益もない」旨を控訴人に説明する義務があったのに、これを怠り、法律上の支払義務があると信じていた控訴人代表者の錯覚を奇貨として、本件協力金を交付せしめ、よって、控訴人に同額の損害を生じさせた。右の説明義務違反は、法律上被控訴人市の事務に属する排水路の管理に関して行われたものであるから、「公権力の行使」に該当するというべきであり、よって、被控訴人市は、被控訴人区の代表者らの過失につき、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償責任を負う。
(三) 被控訴人区らの民法七〇九条の不法行為責任
仮に、前記(二)の被控訴人区の代表者らの行為が公権力の行使に当たらないとしても、被控訴人区らは、控訴人に対し、民法七〇九条により、それぞれが受領した本件協力金と同額の損害賠償責任を負う。
三 被控訴人らの反論
1 主位的請求に対し
(一) 本件協力金の支払は、私法上の贈与契約に基づくものであり、この贈与契約には、開発に関して解除条件は付されていないし、目的による限定があるわけでもないから、被控訴人らが控訴人に対し、受領した本件協力金を返還する法律上の理由はない。
(二) 以下のとおり、錯誤無効、解除条件の成就、目的不到達による不当利得返還請求は認められない。
(1) 控訴人は、本件協力金は、法律上支払義務のないものであるにもかかわらず、支払義務があると誤信して支払ったと主張するが、それは動機の錯誤にすぎない。動機の錯誤は、表示されて初めて意思表示の内容になるが、本件においては、控訴人の右の動機は表示されていない。
(2) 仮に、本件協力金の支払に係る贈与契約に解除条件が付されていたとしても、本件においては、控訴人の都合により本件開発事業は中止されたものであるから、民法一三〇条の類推適用により、控訴人は解除条件の成就を主張し得ない。
(3) 仮に、本件協力金の支払に係る贈与契約に控訴人が主張するような目的が付されていたとしても、控訴人と被控訴人らは、事前協議を行うなど協力してきたにもかかわらず、控訴人側の事情により本件開発事業が行われなかったのであるから、目的不到達を理由に本件協力金の返還を求めることは、信義則に反し権利の濫用に当たる。
2 予備的請求について
(1) 被控訴人市
(1) 控訴人が説明義務違反を問題としている贈与がされたのは、平成四年四月九日であり、開発行為の工事廃止の認定があったのは平成七年一二月一二日である。いずれにしても、控訴人の当審における予備的請求(不法行為)は、不法行為から三年経過した後に提起されたものであることが明らかであるから、被控訴人市は、控訴人に対し、消滅時効を援用する。
(2) 被控訴人市の職員は、開発業者が担当窓口に来た場合、開発予定業者が市内の土地を初めて開発しようとする場合、本件指導要綱が改正されている場合などには、本件指導要綱を交付し、今後の諸手続や協力金について説明している。なお、実際のほとんどの場合、開発行為の手続は行政書士が行っているから、本件指導要綱は十分に理解されている。したがって、本件の控訴人のように、経験の深い中古博也行政書士(以下「中古行政書士」という。)に全面的に依頼している場合に、被控訴人市の職員が、控訴人が主張するような説明をしなかったとしても、説明義務違反が問題になることはないというべきである。
(3) 被控訴人区らは、農業用排水路について慣行上の水利権を有し、それに基づいて水路を管理している。したがって、排水同意は、被控訴人市の水路の管理に関するものでなく、被控訴人区らの水利権に基づくものであるから、それが被控訴人市の公権力の行使に当たることはない。
(二) 被控訴人区ら
(1) 被控訴人区の代表者らの行為は公権力の行使に当たらない。
(2) 本件指導要綱の内容は客観的に明らかなことであるから、それを殊更説明する義務はない。
(3) 控訴人の損害は、既に許可を得ていた本件開発事業を自ら中止したために生じたものであるから、本件協力金の交付と損害発生との間に相当因果関係は認められない。
四 争点
1 本件協力金の交付は、私法上の贈与に当たるか(法律上の原因の有無)。
2 控訴人は、被控訴人らに対し、錯誤無効、解除条件の成就又は目的不到達を理由に、本件協力金の返還を求めることができるか。
3 被控訴人らには、控訴人に対する説明義務違反が認められるか。
第三 当裁判所の判断
一 (争点1)について
1 教育衛生寄附金
控訴人は、被控訴人市に対し、本件指導要綱に従い、教育衛生寄附金を支払ったものであるが、本件指導要綱は、その規定の在り方からも明らかなように、宅地開発業者に理解と協力を求め適正な宅地開発を進めようというものであり、宅地開発業者が教育衛生寄附金を被控訴人市に支払わなかった場合に不利益が科せられる旨の制裁条項はないから、これによって被控訴人市が控訴人に対し、教育衛生寄附金の納付を強制できるわけではない。また、控訴人が被控訴人市に対し、教育衛生寄附金を支払った際に作成した覚書(乙四)及び「寄附金採納願いについて」と題する書面(乙五)には、「寄附」である旨が記載され、これらの書類を見た控訴人代表者は、寄附であるとされたことに異議を述べていないことが認められる(控訴人代表者)。そして、本件全証拠を検討しても、被控訴人市が控訴人に対し、教育衛生寄附金の支払を強制・強要したことを認めるに足る証拠はない。
以上の認定によれば、教育衛生寄附金の支払に係る法律関係は、私法上の贈与契約と同視することができるというべきであるから、教育衛生寄附金は、控訴人から被控訴人市に贈与されたと認めるのが相当である。
これに対し、控訴人は、本件指導要綱に基づき徴収された教育衛生寄附金は、割当的寄附を強制的に徴収するものであるから地方財政法四条の五に反する、市町村の負担に属する経費の負担を住民に転嫁するものであるから同法二七条の四にも反する、さらに、実質的に市町村が宅地開発に伴い必要とする公共施設の整備に充てるため徴収する宅地開発税に当たるから、条例に基づく徴収を定めた地方税法七〇三条の三を潜脱するものであると主張している。しかし、教育衛生寄附金は、前記のとおり、あくまで開発業者から被控訴人市に贈与として任意に交付されるものであるから、寄附を割り当てて強制的に徴収することを禁止した地方財政法四条の五に反するものではなく、市町村の負担に属する経費の負担を住民に転嫁することを禁止した同法二七条の四に反するものでもない。また、地方税法七〇三条の三に規定する宅地開発税は、行政庁が公権力の行使として賦課する金銭の支払義務であるが、教育衛生寄附金は、被控訴人市と宅地開発業者の間の贈与契約に基づく支払義務であるから、同条を潜脱するものには当たらない。したがって、控訴人の右の主張はいずれも失当である。
2 宅地開発協力金及び関内部落協力金
控訴人は、被控訴人三浦名区に対し宅地開発協力金を、被控訴人関内区に対し関内部落協力金を支払ったが、それは、都市計画法三二条所定の同意を得るためであったことは明らかである。右各協力金の法的性質につき、控訴人は、右の同意の対価であり強制的に支払わされたものであると主張するが、被控訴人区らは、控訴人と被控訴人区らとの間の贈与契約に基づくものであると主張する。
よって検討するに、被控訴人区らと控訴人の間においては、右各協力金の授受に際し、その法的性質を窺わせるような契約書、覚書等の書面は作成されていない。しかし、証拠(丙一、弁論の全趣旨)によれば、慣行上の水利権者であることから排水同意を求められた被控訴人区らは、開発計画が開発規制法令に反しないものであるか否か、宅地開発による工事や生活雑排水等の流入が農業用排水路や土壌の汚染にどのような影響を与えるか等のあらゆる事情を総合的に考慮するのであり、同意に際しても、宅地開発業者をして工事や排水の放流につき一定の事項を誓約させることがあると認められる。そうすると、右の同意に際して、右各協力金の支払の有無を考慮することがあったとしても、それはあくまで一つの事情として考慮するものでしかないというべきであるから、同意に際して右各協力金の支払があったということから直ちに、右各協力金を同意の対価と認定することはできない。このように、右各協力金は、同意の対価に当たらないと解するならば、宅地開発業者から被控訴人区らに対し、無償で支払われるものといわざるを得ないから、贈与契約に基づき支払われた金員に当たると認めるのが相当である。
なお、証人中古は、右各協力金は同意の対価であり、いわゆる「判こ代」に当たると証言しているが、これはあくまで同人の個人的な意見にすぎないものであるから、右の証言をもって右各協力金が贈与契約に基づいて支払われた金員であるとの認定を覆すことはできない。
3 まとめ
以上の次第であるから、本件協力金は、いずれも私法上の贈与契約に基づいて控訴人から被控訴人らに支払われたものということができる。
二 (争点2について)
1 錯誤無効
控訴人は、本件協力金は強制的な開発負担金であり、これを支払わなければ本件開発事業に対する許可が得られないと誤信していたものであるから、本件協力金の支払に係る贈与契約は錯誤により無効であると主張する。
しかし、控訴人は、土木・建築工事の設計、施工、請負、土地・建物の売買、貸借、管理並びにそれらの代理、媒介等を目的とする会社であり、宅地開発事業を手掛けている業者であるから、本件協力金を右のような強制的な負担金であると誤信するとは考えにくい。また、仮に控訴人が本件協力金の性格をそのように誤信していたとしても、それは贈与契約を締結する上での動機の錯誤に当たることは明らかであるから、控訴人が被控訴人らに右の動機を表示していなければ、本件協力金の支払に係る贈与契約が錯誤により無効になることはないというべきである。そして、本件において、控訴人が被控訴人らに対し、右のような動機を表示していたことを認めるに足る証拠はないから、いずれにしても控訴人の錯誤無効の主張は理由がない。
2 解除条件
控訴人は、本件協力金の支払に係る贈与契約には、「所期の開発行為が行われなければ失効する」という解除条件が付されていたところ、本件開発事業に着手しないまま開発行為に関する工事廃止の届出をしたのであるから、右の解除条件は成就したと主張する。
しかし、本件全証拠を検討しても、控訴人と被控訴人らの間において、贈与契約を締結するに当たり、右のような解除条件を明示的又は黙示的に付す旨を約したことを認めるに足る証拠はない。したがって、控訴人の右の主張も失当である。
3 目的不到達
控訴人は、本件協力金の支払に係る贈与契約には、開発行為(宅地造成)の実行という目的が付されていたところ、何ら造成工事をすることなく開発行為に関する工事廃止の届出をしたのであるから、目的不到達を理由に本件協力金の返還を求めることができると主張する。
よって検討するに、控訴人が本件協力金を支払ったのは、最終的に本件開発事業を行うためであったことは明らかであり、被控訴人らも、このような控訴人の意図を当然に知り得たものである。そうすると、当事者双方が本件開発事業の実行という目的の存在を認識した上で、本件協力金の支払に係る贈与契約が締結され、本件協力金が支払われたと見ることができるから、本件開発事業が行われなかった場合には、被控訴人らが控訴人に対し、本件協力金を返還すべきであると解する余地がある。
しかし、証拠(甲七の1ないし12、乙八、九、一〇の1ないし4、丙六、七の1ないし7、八の1ないし6、控訴人代表者、証人中古、弁論の全趣旨)によれば、控訴人は、予定していた融資を銀行に断られたことなどから、本件開発事業の実施を断念して新たな本件土地の買主を探すこととし、結局、新たな買主が見つかったことから、平成七年一一月二七日、本件土地の開発行為に関する工事の廃止の届出書を提出し、同年一二月一二日、右工事の廃止の認定がされたこと、控訴人は、既に住宅開発の関係で、本件土地のうちの農地につき農地法五条の転用許可を得ていたが(平成四年三月三日)、平成七年一一月二七日に右許可の取消願を提出し、同年一二月五日に取消許可がされたこと、本件土地は、平成八年二月二三日、新たな本件土地の買主である宗教法人即隨寺に売却され(同日所有権移転登記手続)、同月一九日に墓地として農地法五条の転用許可がされ、現在は墓地になっていること、控訴人は、右の取引に伴い、本件土地の売主であった有限会社祐光産業との売買契約を解約し、同人に支払った売買代金の返還を受けたこと、他方、被控訴人市は、教育衛生寄附金から、本件開発予定区域を含む地域の学校建設やごみ・屎尿処理施設の建設費用等を支出し、被控訴人三浦名区は、宅地開発協力金から、共同墓地の通路、水道等の整備や神社、公民館関係費用等を支出し、被控訴人関内区は、関内部落協力金から、公民館設備費、河川関係費、排水路浚渫工事費等を支出していること、などの事実が認められる。
以上のように、本件土地につき本件開発事業が行われなかったのは、控訴人が銀行から融資を受けられず、新たな買主(宗教法人)に本件土地を売却し本件土地を墓地として開発することとしたためであり、本件協力金の支払に係る贈与契約の目的(本件開発事業の実行)が達成されなかったのは、専ら控訴人側の事情によるものであり、被控訴人側に何の責任もないことは明らかであること、被控訴人らが本件開発事業が行われることを予想して諸施設等の整備を行い、本件協力金から諸費用を支出していること等の諸事情に照らすと、控訴人が、現段階において本件開発事業を行うという贈与契約の目的の不到達を理由に被控訴人らに対し本件協力金の返還を求めるのは、信義則に反し許されないというべきである。
以上の次第であるから、控訴人は、被控訴人らに対し、贈与契約の目的不到達を理由に本件協力金の返還を求めることはできない。
三 (争点3について)
控訴人は、被控訴人市の職員及び被控訴人区の代表者らは、本件協力金の支払の根拠となる本件指導要綱は法律ではなく、控訴人に本件協力金を支払う義務はなく、支払わなくとも何の不利益もないことを控訴人に説明する義務があったのに、これを怠り、法律上の支払義務があると信じていた控訴人代表者の錯覚を奇貨として本件協力金を支払わせたと主張する。
しかしながら、控訴人は、土木・建築工事の設計、施工、請負、土地・建物の売買、貸借、管理並びにそれらの代理、媒介等を目的とする会社であり、控訴人の代表取締役は、昭和五〇年ころから不動産関係の経営に関与し、宅地開発事業等を手掛けていたのであるから、本件協力金は法律上の支払義務があるなどと誤信していたとは考えにくい。また、仮に控訴人がそのように誤解していたとしても、宅地開発事業を手掛けようというのであるから、それに関連して本件協力金を支払うというのであれば、自ら本件協力金の根拠、支払義務の有無等を相手方に問い合わせるなどして調査し、あるいは、手続一切を委任した中古行政書士に尋ね、場合によっては右の点の調査を依頼すべきであり、そうすれば容易に本件協力金の支払義務の有無等を知ることができたと認められる。してみると、本件協力金の根拠、支払義務の有無等の調査は、控訴人が自らの責任において行うべきものであり、仮に控訴人が右の点を誤解していたとしても、被控訴人市の職員や被控訴人区の代表者らが、控訴人に対し、そのことを説明する法律上の義務はないというべきである。
よって、被控訴人らに説明義務違反があるとする控訴人の主張も失当であるから、その余の点について判断するまでもなく、控訴人の予備的請求は理由がない。
四 結論
以上のように、控訴人の被控訴人らに対する請求はいずれも理由がなく、結論において同旨の原判決は相当であるから、本件控訴及び控訴人の当審における予備的請求をいずれも棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条一項、六一条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官塩崎勤 裁判官小林正 裁判官萩原秀紀)
別紙物件目録<省略>